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2006年12月07日
[スポーツライター上村智士郎の業界人独り言] 第52回 ◆名城信男というボクサーをご存知ですか?

皆さんは名城信男というプロボクサーをご存知だろうか? 現在WBA世界スーパーライト級のチャンピオンである。7月22日にメキシコのマーティン・カスティーリョという選手にTKOで勝利してチャンピオンになった後、先日12月2日に初めてタイトルマッチを行い、圧倒的な大差の判定で挑戦者を退けている。

この名城、実は世界チャンピオンになるまでが凄いのだ。まずプロ入り7戦全勝で世界王座に挑戦し8戦全勝チャンピオンになってしまった。このスピード、過去のあの辰吉丈一郎が91年に同じ8戦全勝で世界チャンピオンになっていて、それに並ぶ日本記録である。日本人最多防衛回数を誇る具志堅用高も9戦全勝で、この記録には及ばない。ちなみに世界記録は、センサク・ムアンスリンという選手の3戦全勝だそうだが、日本のシステムで今の記録以上に早く世界タイトルに挑戦することは出来ないだろう。

更に凄いのがここまでの対戦相手だ。第5戦目で世界ランキング5位の選手、第6戦は日本チャンピオン、第7戦も世界ランキング2位の選手に勝利して、世界タイトルに挑戦しているのだ。この凄さがボクシングに詳しくない方には理解できないだろうから、少し説明しよう。世界タイトルに挑戦するには、自分が世界ランキング10位以内に入る必要がある。それには世界ランキング10位以内の選手と一度対戦して勝てばよくて、彼の場合5位の選手に勝利したのなら、ランキング10位以下の下位の選手に確実に勝ってチャンスを待てば良かったのだ。なのになぜ、3人ものトップランカーの選手と戦ったかというと、彼が六島ジムという弱小ジムに所属しているからだ。恐らく、最初の5位の対戦と日本チャンピオンとの対戦は彼をかませ犬として、相手のランキングを上げるため、そして最後の2位の選手との対戦は、彼が世界タイトルマッチに挑戦する資格を得ることを妨害するため、そうした思惑でマッチメイクされたものと容易に想像できる。そして最後に待っていたのが31戦30勝(16KO)1敗で4度防衛に成功している、軽量級では現役最強という説もあったチャンピオン、カスティーリョ。大手ジムの汚い思惑を打ち破り、最強の世界王者をマットに沈め、世界王座をつかんでしまうのだから、彼の力は間違いなく本物である。

しかも彼には大きなドラマがあった。6番目に対戦した日本チャンピオンの田中聖二は、彼の友人であり、スパーリングパートナー=練習相手(正確には名城が田中の練習台だったはずだ)だった。その田中が試合終了後、試合で受けた衝撃が原因でこの世を去ったのだ。このアクシデントに名城はリングに立つこともパンチを打つことが出来ない日々が続いた。だが「死んだ田中が一番臨むことは何か?を考えた時に、それは自分が世界チャンピオンになることだ」と思い当たり、再びボクシンググローブを身に付けることを決意する。彼の強い意志が悲劇を乗り越え、更に名城の心身は強靭になっていった。

現在、ボクシングの日本人の世界チャンピオンは過去最多の7人。その一人ひとりがどれだけメディアに取り上げられているだろう。その中には名城とは全く逆に最も楽な方法、格下のかませ犬ばかりと対戦し、タイトルマッチの挑戦資格を手に入れた亀田興毅もいる。しかもタイトルを手に入れた試合には八百長の疑惑が起こっている。というより、あれは確実に八百長だっただろう。そんな偽者ばかりをメディアは注目し、試合も全国放送で放送されている。一方、名城のような選手の試合は一部ローカルで扱われるだけだ。名城以外の5人のチャンピオンも同様だ。

メディアに踊らされているこうした状況が、ボクシング全体にとってマイナスだということをボクシングの関係者が早く気付いてほしい。偽者でいくら騒ぎ立ててもかつてのようなボクシングブームはやって来ない。あの時代の日本人チャンピオンたちは、いま映像を見ても亀田など足元にも及ばないくらい本当に強かった。本物だからこそ、多くの人が彼らの戦いに興奮し感動したのだ。そう言えば、ガッツ石松や具志堅、渡嘉敷ら、本当に強かった世界チャンピオンたちが、いまもボクシング界にあってアウトローにいることが、その業界の体質を物語っているのだろう。

そしてボクシングに限らず、それを観る私たちも本物を見抜く力が必要だ。