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2006年10月17日
[スポーツライター上村智士郎の業界人独り言] 第45回 ◆もう一人の功労者、ヒルマン監督に注目

北海道日本ハムがプレーオフを制し見事パ・リーグのチャンピオンになった。チーム史上25年ぶり、札幌にフランチャイズを移して3年、現在のヒルマン監督体制になって4年目、昨シーズン5位に終わったチームの痛快なまでの快挙だった。
今シーズン終盤以降、失速したソフトバンク、西武に追いつき、レギュラーシーズン最後の試合で1位通過を決め、ソフトバンクとのプレーオフを連勝で一気に優勝を決めた。ホームグランドの札幌ドームには連日たくさんの観客がつめかけ、地元チームに声援を送った。昨シーズンの優勝した千葉ロッテマリーンズに続き、新たな旋風を巻き起こし、人気が急落するセ・リーグを尻目に数々の話題の提供した。

この優勝の立役者であり、人気の火付け役になったのは、今季途中で早々と引退を表明した新庄剛志だろう。メジャーリーグで予想以上の活躍を見せた後、2004年の日本球界の復帰の場に北海道日本ハムを選んだ。プロ野球とは思えないルックス、爽やかな言動、ファンを大切にする立ち振る舞い、奇抜なパフォーマンス、そして持ち前の勝負強さでチームを牽引するプレーで、不動の地位を得た。その人気は日本ハムだけでなく、日本のプロ野球の顔を言っても良いほどだった。彼の存在が北海道に移転したこのチームの人気定着に大きな役割を負ったこと間違いなく、またその存在は彼一人に留まらず、チームメイトに多大な影響を与え、このチームを人気チームに引き上げたのだ。その新庄の引退表明にチームメイトは燃え、スタンドもヒートアップした。

だが、もう一人大切な存在を忘れてはいけない。それが指揮官トレイ・ヒルマン監督だ。常日頃から「北海道のお客さんは世界一です」と日本語で語り、試合後行われるインタビューでは「信じられない!」と日本語で叫んだ若干43歳の若き白人指揮官。彼の卓越した指導力が、戦力的に勝る西武、ソフトバンクとの戦いを優位なものにし、またダルグリッシュ、八木と言った血気盛んなルーキー、2年目の選手たちをエース級の存在に引き上げた。また強力打線も彼の指導のたまものだ。そして彼の温厚な人柄だからこそ新庄の奇抜なパフォーマンスが許されたことも忘れてはならない。

そのヒルマン監督は若くして選手生活に別れを告げ、1989年26歳でニューヨークヤンキースのマイナーコーチとして指導者の道を歩み始める。その後マイナーリーグの監督を歴任し、最有望監督賞にも選ばれた本場アメリカでも将来を嘱望された監督だった。そのヒルマンが来日し東京ドーム最終年から日本ハムの指揮をとった。当時は12球団最年少の監督。また来日当初「監督の仕事は選手に気持ちよく野球をしてもらうこと」と、ロッカールームのなどの掃除を自ら行ったことで注目を浴びた。日本語にも積極的にチャレンジして、彼のカントリーソング好きはファンや野球関係者の間ではあまりにも有名で、毎年ファン感謝デーではギターの弾き語りをしているそうだ。数々のエピソードの飾られるヒルマン監督もまた、北海道日本ハムを人気チームに引き上げた功労者の一人だ。

21日から始まる日本シリーズで対する中日ドラゴンズの落合監督は、3度の三冠王に輝いた日本の野球史に残る天才打者。指導方法も「オレ流」と呼ばれる選手時代から続くマイペースなスタイルだ。ある意味両極端とも言えるこの二人の監督の対決。引退する新庄ばかりに行きがちになる日本シリーズだが、ベンチに座る両監督の様子にも注目してほしい。