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2006年02月27日
[スポーツライター上村智士郎の業界人独り言] 第30回 ◆安藤美姫の“経験”に思う。

 トリノオリンピックが終わった。注目されていた日本人のメダルは、フィギュアスケートの荒川静香金メダルの1個に終わり、多くの人の期待が裏切られた結果になった。だがオリンピックは世界一を決める大会。結果に関係なく全力で戦って多くの感動を与えてくれたすべての選手たちに、感謝するとともに拍手を贈ろう。
 だが、惜しむらくはフィギュアの安藤美姫である。彼女はできることは精一杯やったろう。だからその結果を彼女に対してどうのこうの言うつもりはない。話をしたいのはなぜ彼女がオリンピックに出場したかである。

 オリンピックの最終選考の場となった昨年の12月の全日本選手権。この大会前、スケート連盟が発表した五輪代表ポイントで他を圧倒的にリードして大会に臨んだ安藤美姫は、結局6位に終わったものの、事前のリードを守ったまま、最多ポイントで五輪の出場権を得た。だがこの大会の安藤がその順位以上に精彩を欠いていたことは誰の目に明らかだった。後に彼女が骨折していたことが分かったが、それにも増して生気の表情や重そうな体が気になった。今シーズンに入って彼女の調子が下降線を描いていた。原因は体調にもあるだろうし、メディアの影響もあるだろう。その彼女の状況をもっとも明らかに表したのが、この全日本選手権だったのだ。
 6位に敗れた安藤は自分が五輪代表に選ばれるとは夢にも思わず、試合直後に原宿に買い物に行っていたという。そこから代表発表のために呼び戻された安藤は、インタビューで次のように語った。
「オリンピックは一生懸命がんばって、結果を出した人だけが行けるところで、ミキはそれができなかったからもうオリンピックには行けると思っていなかった」
 あれからわずか2ヶ月。彼女の気持ちはその時から何も変わっていなかったのかもしれない。フィギュアスケートを中継したNHKの解説を担当した佐藤有香さんは、何度となく転倒を繰り返す彼女の演技を振り返りつつ、「オリンピック代表に決まってから彼女は心の準備ができないままオリンピックに臨んだのでしょう」と語っていた。

 安藤自身のためを考えた時、彼女をオリンピックに送り込む必要があったのか疑問が残る。あれだけの話題を集め、次々と番組に出演し、数多くのCMに出演していた安藤はすでに日本人にとってオリンピックの象徴だった。その彼女がオリンピックに出ることは既成事実に近かっただろう。だがただ一人そう考えていなかったのが安藤自身だったのだ。

 多くのメディアは、「安藤はこのオリンピックでいい経験をした。これを今後に生かしてくれるだろう」と語っている。だが果たして本当にそうできるだろうか? この世界最高の舞台を“いい経験”にできるのは、しっかりと体も技術もそして心も準備できた者だけではないか? NHKの解説の佐藤さんの言葉の通り彼女が準備ができずにこの舞台に立ったのだとしたら、そこでの経験は多くの人の期待を裏切ってしまったいう思いとともに、彼女に負い目と義務を課す経験。スケートが楽しくないと言っていた彼女にとって、スケートを一層楽しくなくなる、そんな原因でしかなくなる。
「ミキらしく」と言って、成功の可能性が極めて少ない4回転ジャンプに挑戦したように。あれも自分を注目しているメディア、日本国民のために、自分ができる最善のことだと考えた結果だったのだ。

 4年後のオリンピックの舞台に誰が日本代表としてあのリンクに立っているか? 誰も創造することすらできない。ただ、22歳を迎える安藤がその時も現役のフィギュアスケートの選手として活躍していることを願うだけだ。